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5 ルイーズ・ブルジョワについて日本語で読める文献 その2 (コピーや転載は固くお断りします)

4ヶ月近く前に(!)予告した「日本語文献」2つ目は、私が20年前に勤務先の大学の論叢に書いた論文「ルイーズ・ブルジョワ作 <私はつくる、ほどく(壊す)、やり直す>と<ママン>について」です。学内の紀要とはいえ、現代美術についてまとまったものを書くのは初めて。心の支えになったのは、この大作を現地で時間をかけて見たことと、少なくとも日本語で同じテーマについて書く人はあまりいなさそうだという見通しがあったことでした(この見通しはたぶん当たっていました)。
ロンドンのTate Modernは、Tate Galleryのテームズ川を挟んだ対岸に、ミレニアム記念として2000年に開館しました。従来のTate Galleryはイギリス美術に特化してTate Britainと呼ばれるようになりました。Tate Modernの建築は1963年に完成した火力発電所をスイスの建築家ユニット、ヘルツォーク&ド・ムーロンが改装したもので、火力発電所のタービン・ホールだった1階のエントランスが、面積も階高も類をみない巨大な展示スペースになりました。
このスペースに5年の年限を限って毎年選ばれたアーティストがインスタレーションを制作するという、現代美術家ならば奮い立たずにはいられない大規模企画の1人目に選ばれたのが、当時88歳のルイーズ・ブルジョワでした。88歳!何という気力かと思いますが、このブログに邦訳を掲載した何種類かの年表から明らかなように、彼女が世界的アーティストになったのは60代から70代にかけてで、その後まだ20年しか経っていませんでしたから、辞退するなど考えもしなかったにちがいありません。
作品そのものについては拙論をお読み頂ければ幸いです。書き込みなどもある抜き刷りを不慣れなスキャンで取り込んだ読みにくい体裁ですし、内容も論文というより研究ノート的なものです。前半には胸をときめかせながら巨大なこの作品に登ったり降りたりした体験をなるべく忠実に書き、後半ではマリア・ウォーナーの論考を参考にしながら、ルイーズ・ブルジョワの意外な美術史的ルーツをたどりました。

*申しわけありません。スキャンした論文をペーストすることができませんでした。以下に書誌情報を記しますので、必要な場合は明治学院大学図書館その他の機関にお問い合わせ下さい。

鈴木杜幾子著 「ルイーズ・ブルジョワ作 <私はつくる、ほどく(壊す)、やり直すーI Do,I Undo, I Redo>と<ママン>について」 <藝術学研究 第十二号 (明治学院論叢 第六七九号)所収 2002年3月刊